ここ最近ロリコンとか異常性欲の男女とかそんな話を立て続けに読んでいたので、職場の後輩の目もあり、爽やかな話を読んでみた。

文庫本の裏表紙には以下のように書かれている。
「猫と競馬と、四人の若者のゆっくりと過ぎる奇妙な共同生活。冬の終わりから初夏、そして真夏の、海へ行く日まで。」


粗筋はほんとにこの通りです。一般的にはダメそーな5人の日常。だけど読んでて一向に退屈にはならない。一気に読みきった。なんでだろう。不思議だ。

個人的には、夏に入る前の初夏ぐらいまで(多分122ページまで)が、春の生暖かい感じが凄く伝わってきて良かった。それは今が真冬だから、自分の中の「春よ来い」的な願望が関係しているのかもしれないけど。中村橋から豊島園まで散歩に出かけるシーンは、なんとなくずっと前に阿久津君らと上野動物園のあたりを散歩したことを思い出した。

あと、ところどころではあるけど、著者の言いたいこと?がかなりストレートに現れている部分もあるような気がした。最後の海で犬と散歩してるおっさんの話や、ゴンタの映像に関する思いや、主人公とゆみ子との電話などなど。正直こういった部分は僕的にはどうでも良かった。すんません。

また、ずっと気になっていたのは、実は主人公の回想の形式で描かれていること。つまり主人公はこのストーリーの何年後もしくは何十年後かにいて、この共同生活を回想している。

これがどうも下世話な僕からすると、やっぱり青春ストーリーで、主人公はもうこんなぼんやりした素敵な日常にはいないんだろうかねぇ、切ないねぇ、なんて勝手に考えてしまう。

ITリテラシーの高い人が集う職場に勤務しながら、実名および写真付でこんな日記を書くリスクを、今更ながら実感せざるを得ないのが、職場のコソドロのような顔をした後輩が「おかさーん、俺見ましたよ?クックック」と朝の爽やかな喫煙所で声をかけてくるような時に他ならない。

まぁ、それは良いとして、新年の書初めでF.TOMOKOが「2011年 岡家読書年」と掲げたとおり、飲み込みの悪い30を超えた男の不器用な読書運動を粛々と進めていくしかない。

で、以前断念したプイグの「ブエノスアイレス事件」。読み終わりました。俺、偉い。まずこの小説の名前。「ブエノスアイレス事件」。何回口にしても格好良い。眼力を思いっきり強くして力を込めて言いたくなる。あと、昔の白水社Uブックスの青と白の表紙のデザイン。この2つで絶対にリベンジする事を誓っておりました。

幼い頃は優秀な美大生で、優等生であるが故に引っ込み思案でプライドも高く性の目覚めも遅く、その反動からか色情っけ満載で米国から帰国した神経衰弱気味の造形美術のアーティストのグラディス。あと、幼い頃の奔放な姉に施されたイヤラシイお遊びからなのか、歪んだ性癖を持つようになってしまったアルゼンチン美術界の帝王レオ。この二人の出会いによる本当に不毛な話。

不毛な愛って後書にあったけど愛でもなんでもない。グラディスもレオも睡眠薬飲みっぱなしで錯乱しているようにしか見えないし、人間関係の成立する以前の話だと思う。他にもグラディスの母など他の登場人物もいるが、それらも全て関係として成り立っていない。

もうそんな冷え冷えとした感じで最後まで突っ走るから、正直以前なぜ読破できなかったのか良く分かった。

全部で16章から成り立つ話で、時間軸が前後することや章によって話し手が変わったり、ものによっては警察のメモでのみ成り立っている章もある事から、木を見て森を見ない癖のある僕は全体としての感想より各章ごとにバラバラのイメージが強い。

グラディスの生い立ちに関する章は、優等生が気づいたら回りに先を越される切羽詰まった気分が良く出ていたし、レオやグラディスの歪んだ不気味なイメージが噴出しているような章はやっぱりエロくてグロくて面白い。

正直、話全体としての感想もまとまっていないのだけど、こうして書いているとやっぱりグラディスのほうに感情移入していたようだ。(話的に当たり前かな。レオは理性を感じさせないもんな。。)最後の最後で辛うじてなんとなく救いを感じさせる雰囲気で少し安心した。もうボロボロだったけど。

ただ、やっぱり「蜘蛛女のキス」を読み終えたときの強烈な読後感は今回無かった。残念。

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